dust my broom

ブログパーツ
カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
外部リンク
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
画像一覧

<   2009年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧


これ以上岩場を無くさないために

先日城ヶ崎の説明会を一部聴講してきた。
基本的にはJFAのホームページなどで得られる情報をしっかり守って行動すればいいと思う。

私自身、東京に住んでいるころはそれこそ10月から春先まで毎週城ヶ崎に通い続けるシーサイド大好きクライマーだった。城ヶ先はほかの岩場にない、スペシャルな空気を持っている。ぼくはあの遊歩道を歩くアプローチも大好きだし、八幡の港の駐車場でいてつく星空を眺めて眠るのも、港屋で風呂に入ったりする、ひとつひとつがとても楽しいエリアだった。10月にMさんとあの海を素潜りしたこと、普段気にとめてなかったクライマーの足元の海の下があんなに色鮮やかで美しいことを知ったときは驚愕だった。

事故も目にした。大腿骨を骨折したクライマーがヘリで搬送されるのを見ていた。
プレッシャーの崩壊をはじめて見つけたときは本当に言葉がなかった。まさにルートの表面がすべて一枚板にはがれてしまったような、大崩壊で、そこに残された岩には以前あったあの不思議な迫力のオーラがすっかり消えてしまっていることに、なぜか感心した。

一度、大切なモカシムを岩場に忘れてしまい、月夜に一人で懸垂下降し、月明かりだけのシーサイドを歩いた。波の音は静かに遠くに感じて、少し怖いような気もしたが、月と星の美しさは忘れられない。

2月の八幡の港の駐車場でシュラフだけで寝ていたときに見た夢がいまだに忘れることができない。
北極の小さな流氷の上で、10頭ほどの白熊が一頭のシャチを取り囲んで解剖していた。荘厳な宗教音楽のようなメロディーで、「かーみーのーいのちー」というフレーズが繰り返されていた。

なんなんだろ?

いつもその駐車場の手前の道に路駐しているクライマーを苦々しく思っていた。だけど、駅近くに無料駐車場ができたらそっちを利用するようになってしまったぼくも、彼らと結局は同じ穴のムジナだ。いがいが根でのキャンプも楽しい時間だったが、違う方法を考えなければいけないんだ。


極端なもの、思いつきも含めた私案。

もちろん可能な限り地元の民宿利用を増やすことが課題だが、備中における用瀬小屋や平川のようなクライマー用の宿泊施設を作る。これは行政に要請するのではなくクライマーの出資などで作る。

登録制にする。ある一定の安全技術を持ち、マナーを遵守し、岩場の存続に協力できる人間しかクライミングできない。かつ、入場料を徴収し、地元に還元できる形をとる。

フリークライマーのデモ活動などを行い、フリークライマーの悩みを多くの人に知っていただき、日本の岩場が貴重な資源であることを少しでも理解を得るようにする。政治的、マスコミ的な働きかけを強化する。クライミングをする芸能人などの協力を仰ぐ。


結局はフリークライミングを広く知ってもらうことしかないような気がする。後戻りできないところまで膨張してしまったということだ。
もうすぐ訪れるマルセイユの観光局ホームページには「カランクはロッククライミングのメッカなのでぜひお越しください」と書いてあった。このレベルを目指さないとなぁ。

サーファーの先輩と飲んだときにこの話題になって、やはりサーフィンも同じ問題を抱えて、地元に金を落とすやり方を徐々に作りつつあるといっていた。クライマーは少し遅れているのかもしれない。
組織や何かに甘えず、自分たちの行動を少しずつ変えていかなければいけない。

はぁ。。。
[PR]

by a_roofbeam | 2009-12-23 21:12 | クライミング

アルタン とは?

youtube でいろいろ見てみたがこれが一番かな。




これは絵も音も悪いけど臨場感は最高!


[PR]

by a_roofbeam | 2009-12-15 21:36 | 音楽・読書

アルタン !!

何年かぶりのアルタンのライブで飛跳ねてきた!

うまくいえないけど、ぼくはぼくに産まれて本当によかった‼

この人生は最高に楽しい‼


 ↑ ↑

2夜ほどあけて、少し冷静にコメントしてみます。
アルタンはアイルランド音楽のグループです。今回数年ぶりに滋賀のびわ湖ホールでライブがありました。
7,8年前に渋谷でライブを見て以来、ぼくはアルタンの来日が楽しみなのですが、頻繁には来ないので、今回で3回目です。できれば2年に一回ぐらい来てほしいです。

ちなみにこの渋谷での公演で、名前は忘れましたがあるアイリッシュダンサーがゲスト参加していたのですが、彼のダンスは今まで目にした人間の動きの中で最高の迫力でした!

アルタンの音楽の魅力は2種類あって、ひとつはやはりフィドルやブズーキなどが奏でるアイルランド伝統音楽、かろやかで、踊りだしたくなる、さわやかな音楽です。もうひとつはマレードさんの美しい声のゲール語の歌で、これはほかにないアルタンの特色かもしれません。

ぼくはやはりダンスチューンが目当てなのですが、今回はクラシックのコンサートみたいな会場で、客席も落ち着いた感じの方が大多数で、しばらくはおとなしく座って聞いていました。
しかし、最後のほうでスイッチが入ってしまい、立ち上がって飛び跳ねはじめていました。
後ろを振り返ると広い会場でぼく以外全員が座っていたので、みんなに立つようにゼスチャーしましたが、

誰も立ってくれませんでした。。。(´Д`)

いや、唯一立ってくれたぼくの右隣の男性の方、ありがとうございました。

結局そのドニゴールのチューンでたった一人の総立ち、異様に盛り上がることができて大興奮でした。後ろの方ごめんなさい。
マレードさんにも踊ってくれてありがとう、と声をかけてもらい、この曲が好きならぜひドニゴールに来てくださいといわれたので、一回行ったことがあるよ、と返事しましたが、

よく考えたらドニゴールまでは行ってませんでした。。。orz

まあ、そんなこんなで一番最後の曲ではようやく徐々に皆さん立って踊り始め、最終的には客電がついた後の2回目のアンコールにこたえてくれて、
「歌かチューンか迷ってるんだけど、マレードはチューンがやりたいらしいんだが、、」
という感じで最後もダンスチューンで締めてくれて本当に大感激のライブでした!
[PR]

by a_roofbeam | 2009-12-09 22:41 | 音楽・読書

河又の岩場

河又の岩場で事故があり、閉鎖になりそうな状況だという。

東京に住んでいたころに何回か訪れた。

A君と一緒に行った日をよく覚えている。電車を使って泊りがけで行った。7,8年前だ。

登りのほうはなかなか調子よく、ぼくは11Aをオンサイトして、
だがデザートソングというとても印象的な名前のルートを後一歩で上れなかった。

ぼくらは岩場を降りて、近くの駐車場にあるログハウス風のトイレの軒下にマットと寝袋を並べて寝床にした。
これは今となってはもう褒められた行為ではないかもしれない。
だけどそのころの僕らにはとても素敵な場所に思えた。

一日クライミングに打ち込み、夜は星の下、ロウソクの傍らで眠ることが。

僕らは近所のスーパーに買出しに出かけた。
とても静かな夕闇が家々の静かな明かりを示しはじめていた。
この町のたたずまいがとてもぼくのふるさとに似ていたから、
ひどく胸の締め付けられるような悲しい気持ちになり、
聞かれてもいないのにA君に話していた。

「ぼくもこんなさびしい田舎町で生まれ育った。こんな町では人と人が寄り添わなければ、生きていけない。人とのつながりがなければ生きていけない。ぼくはそれがいやで東京に出たんだ」

東京で生まれ育ったA君にぼくの言わんとすることが伝わったかどうかはわからない。

品揃えのとぼしい、ちいさな、でもそのあたりではたぶん唯一のスーパーで買い物を済ませ、
ぼくらはトイレの軒下で煮炊きをして飲んで眠った。
この夜をとても懐かしく覚えている。


サーマレスとシュラフがあれば、どこでも寝れるという気楽さはぼくを幸福にするし、
むかしはオープンビバークが楽しかった。
今でもきれいな風景のあずまやなんかがあると、シュラフとマットを広げて缶ビールを開けたくなる。

さびしいけれど、あまり好き勝手にできる時代ではないんだろうなぁ。
これ以上岩場を減らすわけにはいかないんだ。
[PR]

by a_roofbeam | 2009-12-08 23:11 | クライミング